パリのバガテル公園、アルトワ伯のフォリー

パリのバガテル公園といえば、1907年から1世紀以上にわたって毎年行われてきた国際バラ新品種の品評会の会場となるバラ園が有名で、バガテルといえばバラ、のイメージが強いです。

が、実はそればかりではありません。バガテル公園の元となった、18世紀後半のアルトワ伯のフォリーとアングロ=シノワ様式または絵画様式と呼ばれる庭園の話をしたいと思います。

(*バガテル公園は、九州アンスティテュZOOM講義で美術史家小栁由紀子先生とご一緒させていただいている「フランス 魅惑の庭園と室内装飾」シリーズの2月のテーマでした。次回は5月、マルメゾンの城館と庭園がテーマになります♫)

王妃アントワネットと王弟アルトワ伯爵の賭けから生まれたフォリー

アルトワ伯爵(1757-1836)はルイ16世の二番目の弟で、3人兄弟の末っ子です。当初は王位継承する確率はぼぼ圏外(結果的には66歳の時にシャルル10世として即位)、早くから軍人としての華々しいキャリアを積みつつも、気楽に狩猟と女性・賭博にうち興じており、遊び好きな歳も近い義姉、王妃マリー・アントワネットとはお互いに気が合ったようです。

そんなアルトワ伯が20歳の時、ブーローニュの森の一角にあるバガテルと呼ばれた地所を気に入って購入します。
当時、通常の王の住居である宮廷はベルサイユ宮殿でしたが、狩の時期の2〜3ヶ月を宮廷全体がフォンテーヌブローで過ごすという習慣がありました。そのフォンテーヌブローで、王妃アントワネットは義弟アルトワ伯に、宮廷がベルサイユに戻る前に城を完成させたなら、10万リーヴル払いましょう、という賭けを提案します。では、お戻りの頃に皆様をご招待しましょうと、これを受けて立ったアルトワ伯。賭けの日数については100日間など色々と言われますが、要は宮廷がベルサイユに戻る前に、ということだったのだそうです。

賭けの行方、64日間で生まれた奇跡の城と庭園

アルトワ伯お気に入りの建築家べランジェ(1744-1818)が一夜で設計図を書き上げ、900人の人工が昼も夜もなく動員され、パリの他の工事現場のために運ばれてくる建築資材を押収までして、なんと64日間の突貫工事で小さなお城と庭園が完成しました。賭けには勝ったアルトワ伯ですが、この建設のために掛金の十倍の資金を投入したといいます。

バガテル アルトワ伯のフォリー
64日間で出来上がったバガテル城と正面前庭

アルトワ伯のフォリー、新古典様式建築の傑作

さて、アルトワ伯のフォリーと呼ばれたバガテルの城。フォリー(Folie)とは、常軌を逸した無分別とか、気がふれた、莫大な出費といった意味を持ちますが、主に18世紀に建てられた、田園地帯や庭園の一角に建てられた遊楽のための豪奢な別荘もを指します。

短い施工期間にも関わらず、当時の流行のスタイルであった新古典様式のこの種の建物としては秀逸な出来栄えとされます。すでに20軒以上の城館を方々に持っていましたが、ここは初めて自分でゼロから作り上げる邸宅と庭園であったこともあり、相当気合が入っていたはず。さぞかしアルトワ伯も鼻が高かったことでしょう。

室内装飾はその後2年をかけて完成されます。庭園については、城の完成当初は建物に近い部分のフォーマル・ガーデンが整備されたのみでしたが、14haほどの敷地には、その後数年をかけて、最新トレンドのアングロ=シノワ様式または絵画様式と呼ばれる、イギリス自然風景式の庭園の影響が色濃い、ロマンチックな庭園が作られます。


自然風のアングロ=シノワ様式の庭園から眺めるバガテル城(右手)(左の建物はサービス棟)。

理想の自然美を憧憬するアングロ=シノワ様式庭園

城館と庭園を全体的に手がけたのはお抱え建築家ベランジェですが、アングロ=シノワ様式の作庭に当たっては当時の有力者たちから人気が高かった、スコットランド人の植物学者で造園家トーマス・ブレイキー(1750-1838)が呼ばれます。

前世紀の幾何学的なフレンチ・フォーマル・スタイルへの反動とも言えるような、自然への憧憬が現れた庭園には、木々の合間を小川が流れ、池や洞窟、古代の遺跡や神殿などの人と歴史の存在を感じさせる庭園建築と自然風景が調和する、絵画のような理想的な美が求められました。

バガテル ブレイキー

map of Bagatelle by Blaikie

ブレイキーによるバガテル庭園の設計図

バガテル 18世紀
その数年後の、建築家べランジェの庭園図と庭園内の御伽の国のような様々なファブリック。

時空の旅を演出するファブリック(庭園建築)

緩やかな芝地や木立の間を、曲線を描く園路が続き、所々に配置されたファブリック(英語ではフォリー)と呼ばれる様々な空想的なデザインの庭園建築がフォーカルポイントとなって風景を作り、回遊路と全体の空間を構成します。

ファブリックには、人工の洞窟や岩山、エルミタージュと呼ばれる隠者の小屋や見晴台、中国風の塔や四阿(あずまや)、古代遺跡風の神殿やオベリスクなど、その多様かつファンタジックなデザインは、散策するものを世界中の文明・時空間を超えた幻想の旅に誘うかのよう。

バガテル エルミタージュ
庭園の中に設えられたファブリックの一つ「エルミタージュ(隠者の家)」

これらのファブリックは、時に耐えるものというよりは仮の舞台装置のような感覚で脆弱な素材が使われたこともあり、残念ながら現在にそのまま残るものは数多くはありません。とはいえ、現在のバガテル公園でも、大岩山や洞窟などに、その片鱗を垣間見ることができます。

スポンサーリンク

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事