王妃マリー・アントワネットの乳製品加工所
フランスの歴代君主が愛したランブイエの森。狩猟が趣味だったルイ16世もランブイエの森を大変に気に入っており、その治世は革命前のすでに国庫の財政状況が厳しかった時期であったにも関わらず、密かに城と領地を購入してしまいます。
そして王妃が一緒にランブイエを訪れたくなるようにと極秘に作らせたのが、イギリス式庭園の一角に作られた「王妃の乳製品加工所」(レトリ・ド・ラ・レーヌ la laiterie de la reine)でした。
18世紀当時の風景式庭園において、ファブリック(フォリーとも呼ばれる庭園建築)は、理想的な自然風景を構成するための必須の要素として数多く作られましたが、現在残っているものはごくわずか。その中でもランブイエの「王妃の乳製品加工所」は、傑作としてよく知られています。
王妃の乳製品加工所
アプローチにはまず二つの塔が見えます。一方は休憩室、もう一方は実際の乳製品製造作業場だったそうです。乗馬の人々がよく通りかかるのはランブイエの森らしい一コマ。この奥にマリー・アントワネットのために作られた「王妃の乳製品加工所」があります。
18世紀の庭園のファブリックのレパートリーの一つとも言える「乳製品加工所」は、ヴェルサイユの「プチトリアノンの庭園」や「王妃の村里」などにも作られています。大抵は実際に加工作業をする場ではなく、庭園散策の途中で、近くで採れた新鮮なミルクで作ったチーズ、バターやクリーム、アイスクリームなどの乳製品を賞味しつつ、ひと休みする場として設計されています。
また、このチーズやバターなどの田舎の暮らしを思わせる酪農の産物を好んで食すということは、ルソーに推奨された当時の自然に寄り添った「健全な食生活」の実践という、時代の流行を映すものでもあったようです。
新古典主義様式の神殿のような小さな建物が見えてきました。元々は周りの庭園部分を合わせ、全体を画家ユベール・ロベールが監修して作られたものでした。
最初の部屋の内部は大理石造りのドーム状の格天井のロカンダ(円形建物)になっていて、シンプルながらも荘厳な神殿風。こちらが乳製品を賞味するための部屋で、中央の丸テーブルはナポレオンの時代に設置されたものです。
続きの奥の部屋は乳製品を保管するための「冷涼室」になっています。と聞くと冷蔵庫の役割と同じかしらと思うのですが、ゴージャスさは桁違い。
部屋の正面奥に作られたグロット(洞窟)の中央には、ギリシア神話でゼウスを森に隠して養育した女神アマルティアとその山羊の彫像(1787年、ポール・ジュリアン作)が鎮座しています。ゼウスはこの山羊のミルクで育てられたのです。新古典様式らしい滑らかな輪郭の女神像です。
「王妃の乳製品加工所」は、城を囲むフランス整形式庭園エリアから1kmほど離れた場所にあるのですが、イギリス式風景庭園の中の散策とあわせて、機会があった際にはぜひ訪れたいところです。
実験農場とランブイエメリノ
ところで、ルイ16世は王妃を喜ばせるために乳製品加工所を作らせるばかりでなく、実験農場も作らせています。
当時求められていたフランス産の羊毛の質を改善すべく、スペイン王家との親戚関係を利用して、スペインの毛足が長くてふわふわのメリノ羊を入手しフランスに運ばせ、ランブイエ城の領地に造らせた羊牧場で飼育させたのが、現在まで続くランブイエメリノ種になります。
ということで、ランブイエ城の領地内では、所々で羊たちが草を食む牧歌的な風景を堪能することもできます。